google-site-verification: google29e9fe9537bcd1c0.html 高野山⇔四国、往還の記

2013-02-28

札所での参拝手順と読経

 これまで、「遍路初心者講座」(リンク先:当ブログ関連エントリ一覧)にカテゴライズされた記事も、ここでひとまず終了。
 “遍路初心者” にとって最重要とも言えるのが、これより紹介する四国八十八ヶ所の「札所での作法」。それを具体的に説明すると、お寺での動き方に関わる「参拝手順」と、寺で唱える「読経」(どきょう)の種類という2点。

 元来、こういった宗教儀礼に関することは“個人の裁量”(ある意味“個人の信仰の自由”でもある)に負うところが大きく、これまで省みられることはそれほどなかったように思えます。
 しかしながら、2000年代へと入りますと四国遍路を志す方の数は急上昇。それに伴い作法といったものに無頓着な遍路も増え、“遍路の質の低下”も指摘されるように。
 そういった状況を踏まえてか、四国の霊場会は先達を通じて作法面を厳しく指導するようになり、同時に、ウェブ上でも作法面に関する公式的な情報を配信するに至っているようです。


札所参拝手順

一、山門(仁王門)にて合掌、一礼。
二、手洗い所にて手を洗い、口をすすぐ。
三、本堂(金堂)にて、献灯、献香をし、納札を納め、礼拝し、お経(読経、写経等で)を奉納する。
四、大師堂にて、本堂と同じ手順にて献灯、献香をし、納札を納め、礼拝し、お経(読経、写経等で)を奉納する。
五、納経所にて、納経帳等にお納経(ご朱印)をいただく。

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2013-01-22

四国遍路の巡拝(巡礼)用品

 四国遍路とは、四国四県にまたがる八十八の寺を巡拝する、宗教儀礼。
 したがって、八十八の寺を参拝するに当たっては、それ相応の「作法」や「服装」にも気を遣う必要性が出てくるものなのです。

 例えば「遍路の服装」と言えば、以下の画像のような姿が思い浮かべられます。


「今時、こんな格好をするヤツがいるのか・・・?」と思われる方も多いでしょうが、四国では今でもこの姿が“遍路の正装”だと信じている人が多いですし、厳しい先達に率いられた「団体バス遍路」ですと、こうした格好をするケースが比較的に高いモノです。

  以下、四国遍路で使用する「巡拝用品」を、その購入場所も含めて紹介しておきたいと思います。

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2013-01-18

四国遍路の季節

 車や徒歩といった移動手段を問わず、四国八十八ヶ所を巡拝するには“それに適した季節”というものがございます。

 一番は、気候も温暖で安定している「春遍路」。二番目には、朝晩が涼しく過ごしやすい「秋遍路」。
  春と秋共に、“お彼岸”をスタートの合図に遍路がドッと四国に集うこととなり、札所は終始大混雑。その余波は「宿」にも及び、この時期となると宿泊予約が大変な困難に。

 そんな春と秋の人気に対し、グッと参拝者の減るのが「夏遍路」と「冬遍路」。
 “南国”クラスの暑さを誇る四国の夏には、若い世代の“チャレンジャー” (リンク先:当ブログ内関連記事)が終結し、暑さや蚊に悪戦苦闘。冬場となると、土日祝日以外には遍路の姿はほとんど見当たらず、各札所はひっそりと静まり返る状態。

 これら春夏秋冬には、それぞれ“利点”も“欠点”も存するモノ。
 以下、「遍路における季節ごとの注意点」を、述べてみたいと思います。

・春遍路
 利点:気候的に最も温暖
 欠点:参拝者の数が多すぎる
・秋遍路
 利点:朝晩が涼しく、春よりも空いている
 欠点:日が短く天候も不安定
・夏遍路
 利点:日が長く行動時間が長く取れる
 欠点:暑すぎる
・冬遍路
 利点:札所に人が少なく、納経がスムーズ
 欠点:寒くて日が短い

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2012-12-21

四国八十八ヶ所“概観”

 四国八十八ヶ所の寺は徳島・高知・愛媛・香川の四県に点在し、総移動距離は1400キロ前後にも及びます。

札所(お寺)の数や移動に必要な距離も各県バラバラで、それゆえ各県に“共通する対策”を見出すのは困難なのですが、遍路においては、たとえ移動手段が歩きであれ車であろうと「山越え」(山間部の札所:別名「遍路ころがし」)が、一つのキーポイントになって来ると思われます。

 そこで当エントリでは、“山越え”をキーワードにして「四国四県にまたがる札所の概観」(あるいは大まかな“攻略法”)を記しておきたいと思います。
四国八十八ヶ所、山間部の札所
・徳島県
 12番焼山寺・20番鶴林寺・21番太龍寺
・高知県
 27番神峯寺
・愛媛県
 45番岩屋寺・60番横峰寺・65番三角寺
・香川県
 66番雲辺寺・81番白峰寺・82番根来寺・84番屋島寺・85番八栗寺・88番大窪寺

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2012-10-18

遍路における一日のスケジュール

 四国八十八ヶ所のお寺(札所)の納経時間受付は、「7:00~17:00」。
 移動の手段は何であれ「遍路」を行う者は皆、この「納経時間に行動を“制約”」されることとなります。
 始めは誰もが「ゆっくりとした余裕のある計画」で遍路行を志すものですが、いつの間にか、朝の7時前にお寺に到着して夕方まで全力で寺巡りを続ける、「朝の7時から夕方5時までフル稼働の“遍路生活”」へとドップリと漬かるようになるもの。
 「朝はゆっくり、夜は遅くまで・・・」という“観光時間”に対し、“遍路時間”では「早寝早起きが励行」されるのは言うまでもありません。

 以下、「遍路における一日のスケジュール」を概観。

起床:5:30~6:00
朝食:6:30
出発:7:00
(納経時間:7:00~17:00)
昼食時間帯:11:00~13:00
宿への到着:16:00~18:00
入浴と洗濯:17:00~19:00
夕食:18:00~19:00
翌日の宿への予約&荷造り:19:00~20:00
就寝:20:00~22:00


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2012-10-17

遍路中の宿泊に関する注意事項

 一般的な「旅行」とは異なり、「遍路というものは予定通りにいかないことが多い」ため、それゆえに「事前の宿泊予約が大変に困難」であることには、特に注意せねばなりません。
 個人の体調や天候の不良、それにお寺の混雑状況などで予定通りの移動が出来ず、また、団体客や観光客との兼ね合いなどの宿側の都合で、出発前などの段階で事前に予定していた宿に泊まることは、かなりの困難を極めます。


 そんな遍路中の宿泊においては「チェックインが遅くチェックアウトが早いのを認めてくれる宿を選ぶ」というのが大原則。
 そして、大半の宿に共通することは、当然のことながら「事前に予約してから宿へと向かう」ようにすることの他、「夕食の時刻(18:00~18:30)を厳守」するようにもせねばなりません。


 「遍路中の宿泊予約は7日前から宿泊の前日までにする」のが当然視され、予約電話の“デッドライン”とされるのが、「当日の昼まで」。それ以降の予約や予約ナシでの“飛び込み”の場合、「食事ナシの素泊まり」としてしか受け付けてくれない場合が多い。
 なお、四国各県には“遍路割引”をする宿泊施設が多く、家族や道中に出会った友人同士などで“相部屋”にすると、更なるディスカウントとなるケースも。
 また、宿泊可能な「宿の情報」に関しては、四国遍路用のガイドブックやインターネット情報、それに、札所の納経所や地元の方からも広く情報を得るようにします。




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2012-10-16

四国遍路で利用する宿

 一つ前のエントリでは「四国遍路でかかる費用の目安」について述べてみましたが、その費用で最もウエイトを占めるのが、「宿泊費用」。
 既に、「四国遍路でかかる日数」でも一言触れましたが、遍路は「日数を少なくし安い宿に泊まるようにすれば、遍路の費用は相当に抑えられる」ようになるわけです。

 それでは以下に、「遍路が良く利用する宿」と、その「宿泊費用」などの目安を、列挙しておきましょう。

・旅館
 ⇒一泊二食6000円~8000円程度
・民宿
 ⇒一泊二食5000円~7000円程度
・ビジネスホテル
 ⇒原則素泊まり4500円~6500円程度
・ビジネス旅館
 ⇒原則素泊まり3000円~4000円程度
・シティホテル
 ⇒一泊朝食付7000円~10000円程度
・観光ホテル
 ⇒一泊二食12000円~20000円程度
・国民宿舎
 ⇒一泊二食7000円~8000円程度
・宿坊
 ⇒一泊二食5500円~6500円程度
・健康ランド
 ⇒素泊まり3000円前後
・ユースホステル
 ⇒会員価格・一泊二食5000円~6000円




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2012-10-15

四国遍路にかかる費用

 これまでに当ブログのカテゴリ「遍路初心者講座」では、車や徒歩などの「遍路における移動手段」、「遍路にかかる日数」のおおよその目安を述べてまいりました。
 ここではそれらのエントリを踏まえ、「移動手段別の遍路にかかる費用の目安」について私見を述べてまいりたいと思います。

・車遍路
 ⇒12万円程度(人数による)
・バス遍路
 ⇒20万円程度(団体の規模による)
・タクシー遍路
 ⇒15万円程度(契約会社と人数による)
・自転車遍路
 ⇒15万円程度(日数と宿泊場所による)
・バイク遍路
 ⇒10万円程度(日数と宿泊場所による)
・公共交通機関&徒歩
 ⇒20~25万円程度(日数と交通機関の利用状況による)
・歩き遍路
 ⇒35万円程度(日数と宿泊場所による)

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2012-10-14

四国遍路にかかる日数

 このエントリの「四国遍路にかかる日数」、それに次回に執筆予定の「四国遍路にかかる費用」というのは、遍路を志す人にとって最も知りたいことに挙げられるでしょう。
 これら2項目は、前回のエントリで記載した「遍路における移動手段」とも、密接に関係してくるものです。

 以下、実際にワタクシが経験したデータ、および聞き取り調査などにより入手した情報を公開。それに加え、各移動手段ごとの遍路の特徴も、記しておくことにします。

 なお当然のことながら、これらの日数はあくまで“目安”であることを、予めお断りしておきますよ。

・車遍路
 ⇒平均9日前後
・バス遍路
 ⇒12日前後
・タクシー遍路
 ⇒平均8日前後
・自転車遍路
 ⇒18日前後
・バイク遍路
 ⇒10日前後
・公共交通機関&徒歩
 ⇒3週間~4週間(不明点多し)
・歩き遍路
 ⇒43日前後


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2012-10-13

遍路における移動手段

 「四国八十八ヶ所の寺をどういった“方法”で巡るか」──、大別すれば「『歩く』か何の『乗り物』を使うか」で、遍路にかかる「日数」「費用」「過酷さ」も、大いに変わってくる。

 ここでは簡単に、「遍路における様々な“移動手段”」として、そのいくつかを紹介しておきます。

・自動車(車遍路)
 ⇒自宅から四国まで乗ってきた「自家用車」、あるいは四国入りして借りた「レンタカー」を利用して札所間を移動する遍路方法。計画段階から宿の手配まで、自力で行う。

・バス(バス遍路)
 ⇒主に「寺院主催」(僧侶が同行)と、誰もが参加可能な「旅行会社主催」のものの二つに大別される、バスを利用した遍路方法。日程の計画から日々の食事に宿の手配など、ほぼ全てはバス運行会社に任せるため、細かな点に頭を悩ますことがない。

・タクシー(タクシー遍路)
 ⇒札所間の移動でタクシーを利用する遍路。タクシー会社(あるいは個人タクシー)との契約で自宅からの送迎も可能となり、同乗者の人数により「小型」「中型」「ジャンボタクシー」へと切り替わる。


・自転車(自転車遍路)
 ⇒札所間の移動を自転車で行う遍路方法。90年代の終わり頃より爆発的に増えた遍路方法で、「自転車の機能レベル」や「運転者の体力レベル」で、所要日数は大いに異なる模様。

・オートバイ(バイク遍路)
 ⇒札所間の移動をバイクで行う遍路方法。以前はそれほど数も多くはなかったが、近年の「携帯電話のナビ機能」の発達により、徐々にその勢力を伸ばしつつある模様。当然のことながら、「バイクの排気量」次第で移動速度が大いに異なる。

・公共交通機関&徒歩(乗り物遍路)
 ⇒札所間の移動を公共交通機関であるバスや電車で行う遍路方法。 山間部の札所では「ケーブルカー」を用い、近くに駅やバス停が存在しない札所では「徒歩」、場合によっては「タクシー」を利用することも。

・徒歩(歩き遍路)
 ⇒札所間の移動を徒歩で行う昔ながらの遍路方法。全ての移動手段で最も過酷。遍路にかかる日数の長さと費用の高さから、最近では自転車遍路に人気のお株を奪われるカタチに。実際のところ“完全徒歩”で結願する遍路は少なく、様々な事情により乗り物を利用することがあるようです。

 四国遍路において、どういった移動手段を選択するかは、個人の「体力」と「財力」次第。
 以降に続く、「遍路にかかる日数」や「遍路にかかる費用」に関するエントリを参考に、各人が移動手段を選べば良いでしょう。


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知っておきたい遍路用語

 遍路というものは宗教と切っても切り離せない部分があり、それを表現する際にも、一般には使われないような“特殊な用語”が用いられるケースが多いものです。
 そんな特殊な「遍路用語」のいくつかを、ここで解説。

 以下、「最低限知っておきたい遍路用語解説」を、行っていこうと思います。 
 ただし、用語の大半は“独自解釈”しておりますので、その点はご了承の程を。

遍路(へんろ)
 四国八十八ヶ所の寺を巡ること。そこから、遍路を行う人のことも「遍路」と呼ぶようになる。  その一方、「遍路とは修験者や僧侶の修行」という見方も根強く、寺院関係者ではない“一般的な遍路”の場合は「お遍路さん」や「お四国さん」という呼び方もされている。
 札所(ふだしょ)
 四国八十八ヶ所の「お寺」のこと。 
 以前にはお寺を参拝した際、その参拝の証として「木製のお札(ふだ)をお堂などに打ち付ける」 習慣があったことの名残で、今でも八十八ヶ所のお寺のことを“札所”と呼び続けている。 なお、現在では木札を用いることがなく「紙製の札」を各札所のお堂前に設置された納札箱へと入れるようになっている。
【関連用語】
・本堂(ほんどう)
  各札所にある本尊が安置してある場所のこと。
  なお、本尊とは「各札所で信仰の対象として祀っている仏や菩薩」。例えば1番札所の本尊は釈迦如来、88番札所の本尊は薬師如来と、各札所で異なることが多い。
・大師堂(だいしどう)
  各札所にある弘法大師・空海を祀った場所のこと。
  参拝の際には「本堂⇒大師堂」という順番で行う。


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四国遍路に必要な知識

 四国遍路とはこれまでにも述べましたが、改めて一言で言えば「弘法大師(空海)が修行の場とした四国に開いたとされる88の霊場を巡礼すること」であります。

 モチロン、“学術的”にも四国八十八ヶ所の寺に空海が関わったというのは無理なハナシでございますが、先ず、「遍路」においては「八十八ヶ所は全て“弘法大師空海の足跡の残る寺”である」と考え、そこから「四国八十八ヶ所は空海や各寺院の本尊へと“自身の願掛け”を行う場所である」と考えておく。
 このように「四国遍路とは宗教儀礼の一環である」との認識を持っておけば、四国の現地へ行っても恥をかくようなことにはならないでしょう。


 そのような「四国遍路に必要な知識」を大別すれば、一つには札所などで最低限守らねばならない「遍路としての作法」。これは言い換えれば、“遍路に関する理論面”でもありましょう。
 二つ目には、遍路をする上で役に立つ「実践的な知識」。 これは実際に遍路をする上で知っておくべきこと、例えば車や徒歩といった移動手段別の所要日数や費用、宿泊施設の種類。また、各札所へのアクセス方法や場所的な特徴なども、事前に知っておいて損はないでしょう。

 つまりは、遍路に関する“理論と実践”を事前に把握しておけば、四国現地に入ってもかなり優位であるわけです。


 こういった四国遍路に必要な知識をまとめたのが、当カテゴリ(ラベル)の「遍路初心者講座」。
 このカテゴリでは「ワタクシが必要と考える遍路知識の伝授」という、きわめて私的で恣意的な記述を行うことといたします。


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2012-10-12

“遍路初心者”の方へ

 これまで、主に一般的な「遍路経験者」や“擬似遍路行為”を行う「チャレンジャー」、そして、遍路を経験してはみたものの自身の体験を消化できずに苦しむ「はぐれ遍路」といった立場の方々への当ブログの読み方を示してきたのですが、実は個人的に最も恐れているのが「遍路に興味を持っている人」、あるいは「これから遍路へ行こうと情報収集している人」でしょうか。
 言うなれば、“遍路初心者”。

 既に・・・
 そういった遍路初心者の方々には当ブログはお役に立てないということを、微に入り細に入りこれまで述べてきた通りですがw 実はワタクシ自身が“心変わり”(?)したこともあり、「遍路初心者へ向けたガイダンス的なエントリ」も執筆しておこうかと思いますよ。

 ただし、その内容はドチラかと言えば“歩き遍路向き” であるでしょうし、ワタクシの経験上“偏った内容”にもなりましょう。
 それでも構わないというのであれば、次回以降の更新で新たなカテゴリ(当ブログでは「ラベル」)を設け、知識の伝授に努めたいとも考えております。


 そこで、今ワタクシから「これから遍路へ行こうと考えている人」に一つだけアドバイスを送るのであれば、徒歩や車といった移動手段を問わず、情報収集よりも先に

体力強化に力を入れるべき
ということです。

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“癒し遍路”や“哲学的遍路”に疑問を持つ方々へ

 遍路というものは移動方法の手段を問わず、日数、費用、体力的に厳しいものであることには変わりはない。とりわけ、その移動方法が「徒歩」であった場合、全ての移動方法の中でも過酷さは群を抜く。
 

 ところで、そんな過酷であるはずの「歩き遍路」が、おおよそ10年ほど前より“癒し”をキーワードに「楽しいもの」であるかのように喧伝され、やがて誤解されるようにもなった。
 その引き金となったのはいくつかの「出版物」。2000年頃までにお ける遍路情報の主役と言えば、間違いなく本や雑誌の類であった。
 苦しいはずの遍路が、多くの出版物では良い面(楽しい面)ばかり強調されるようになり、とりわけ戦後の左翼世代が遍路道に迷い込むようになってからは、彼らが愛したコトバ“癒し”や“自分探し” なる中途半端な哲学用語で遍路が“理論武装”されるようになり、遍路は本来的な暗い世捨て人的な意味から別の意味へと、解釈されるようにもなった。

 それを受けて2000年頃を境に、「ネット」が遍路情報の主役に躍り出る。
 そのネット情報では「如何に遍路は楽しいものであるかばかり」が好んで語られるようになり、それ以外の本音とも言える感想を述べる者は、短時間で圧力(?)がかけられ、いつの間にやら哲学的な意味をまとった“特定の遍路観”ばかりが喧伝されるようになった。

 しかしながら・・・  そういった“哲学的遍路観(?)”に対して反感を持つ方もおられるでしょう。言うなれば「遍路はそんな“綺麗事”では済まされない」として。
 とりわけ、そういった感想を持つ人は数々の犠牲や苦難を乗り越え一気に四国88ヶ所を歩いた「通し打ちを敢行した人」 、さらに、そこで自身の限界を超えて“あるレベルを突破した人”であると思われます。
 実はそんな遍路観に反発するような人にこそ、このブログは読んでいただきたいものだと思っているのです。


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2012-10-11

“チャレンジャー”の方へ

ワタクシの場合“独自の遍路用語”を用いることが多いのですが、ここで述べる「チャレンジャー」もその一つ。
その語を解説するのであれば、

「チャレンジ!四国一周徒歩の旅愛好者」
といったトコロでしょうか。
言い換えれば、「遍路というものを宗教儀礼として考えない人々」。「如何に金をかけずに四国を一周するかしか興味のない人々」。


この用語をワタクシが用い出したのは、確か2000年代初め頃。
当時、“野宿自慢”ばかりする者を多数見かけられるようになり、そういった者たちの行動が、四国各地で問題視されるようになった時期。
そして2000年代の中頃には、ネット上ではこういった“チャレンジャーの言説”(体験談)が飛躍的に増加。

結果、若い世代にとっての四国遍路というモノは“宗教儀礼”としてではなく、お金のない者でも楽しめる
”野宿旅行”
として捉えられるようになったといっても、過言ではなかろう。


そういった“チャレンジャー”の方々。
お願いですから「当ブログとは関わらない」で頂きたい。
今時「タダで泊まれる四国情報」を中心とした遍路中の節約テクニック術など、探せばネット上にはいくらでもあります。

あくまで、当ブログは「遍路とは宗教儀礼の一つである」という認識をしてくださる方にのみ、閲覧して頂きたいものです。
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2012-10-10

“ネット遍路”の方々へ

 “現代的な意味”での「歩き遍路」が始まったのは、おおよそ「1990年代以降」。
 本州と四国を繋ぐ「橋」の完成(1988年:瀬戸大橋)に伴い、四国方面への観光客の数は激増。
 特に関西方面との橋(1998年:明石海峡大橋)が運用開始されてからは、車やバスだけでなく「歩き遍路」の数も飛躍的に増えた。

 主に90年代から2000年代前半頃にかけて、歩き遍路に関する“情報”を得ようとすれば、それは経験者による「体験記」や「講演会」といったモノが上げられましょう。
 身近に“四国遍路経験者”がいない人の場合、書籍を購入したり講演会で体験談を聞いたりして、情報を収集、整理していくしかなかったワケです。


 しかしながら90年代の終わり頃より、「インターネット」が徐々に広まりを見せるように。
 そして、そのインターネット上に「四国遍路の体験記」を記す方々が現れた。
 当初は“ネット環境”の整備状況から、その影響力は微々たるものでありましたが、おおよそ「2000年代前半頃」を境に、書籍による情報収集から「ネットによる情報収集」へと大きくシフトチェンジ。

 ココに、自身の体験をネットで配信し、体験者同士で情報交換を行い、あるいは、これから遍路を志す者がネットで情報収集するという時代が、始まったワケである。

 この状況を“ネット遍路”と呼ぶのであれば、それは少なからずの“危険性”を孕んでいると言えなくもない。
 


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2010-12-13

遍路中に支援を下さった方々へ

 既に述べたように、このブログで行なおうというのは、以前のウェブサイトで行なってきたことの続き。
 より具体的には、当時の遍路行を文字数制限や更新日時に捕らわれずに“再構築”するというコト。

 それをどのような“読者層”に向けて行うかといえば、まずは、「当時に何らかのカタチでワタクシを支援してくださった方々へ」ということになるでしょう。

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2010-12-08

はじめに(再)

 当ブログは、2003年6月に高野山・奥之院から歩き始め、四国・徳島県へ。
そこから四国八十八ヶ所、別格20番霊場、それに弘法大師や修験者とゆかりのある番外霊場を主に「徒歩」により参拝し、そして、2007年に再び高野山へと戻るまでの過程を描いた“紀行文”的な記録です。

 2008年2月、一度は立ち上げたこのブログではありますが、その後“諸事情”により頓挫。

 それから3年が経とうとする2010年の12月、“再起動”を決意した次第。


 そんな更新再開に当たって、先ずは、これから行なっていこうとする「当ブログについての説明」を。
 そもそものハナシ、ワタクシが遍路当時に体験したことなどを詳細に語る必要があるとすれば、それは「お世話になった方たちのため」であろう。
 その「お世話になった方たち」とは、2003年に長期間の遍路行へと出るに当たって“不義理をした人”であり、あるいは、遍路中に様々なカタチで“支援をしてくれた人”である。

 そういった方々へは、既に何らかの「報告」や「挨拶」を行なったつもりではありますが、人によっては遍路行の“詳細”を知りたいという方もおられるのかもしれない。
 否、ワタクシの方から「いずれ“詳細”については語らしていただく」と言った以上、それを守る必要があろう。

 そういった意味で、このブログで行おうとするのは、リアルタイム更新にこだわった『海の遍路日記』や『四国・小辺路・奥駆道、未踏破記』の
“続き”
である。


 ただ、その“続き”というのは「当時の状況を詳細に語る」というコトだけに止まらず、「当時にやらねばならなかったこと」も含まれる。

 まさに、その「当時にやらねばならなかったこと」が出来ないがゆえに、ワタクシは“ネット遍路”なる分野からの撤退を余儀なくされたという事情もあるのだ。


 したがって、当ブログの記述内容の中心となるのは

「当時の状況を詳細に語る」
「当時にやらねばならなかったこと」
の二点である。


 ただし、そんな“個人的なコト”を閲覧者が制限される「SNS」でもなく「公開ブログ」で行なうに当たっては、色々と“問題”がある。
 より具体的に言えば、それはこのブログを何らかの目的を持って閲覧する「読者層」に関して。
 「読者」の方が“読み間違え”や“勘違い”をせぬよう、何らかの“手引き”を記しておく必要があろうかと思う。

 以下、当カテゴリ「ブログ説明」では、想定される読者層、「お世話になった方々」「ネット遍路」「チャレンジャー」「これから遍路を行なおうとする方」「遍路に疑問を持つ方」に向けて、それぞれ「このブログの活用法」「ブログの歩き方」といった“ガイダンス”を記しておくつもりです。



 最後に、このブログはいずれ、かつての『海の遍路日記』がそうであったように、遍路業界へ様々な波紋を投げかけ、

遍路の“火薬庫”
となる可能性をはらんでいる(苦笑)。

 そのコトを見越して述べておけば、

 ワタクシは「四国」へ行ったコトもなければ「遍路」を行ったこともございません。
 このブログに書かれていることは全て、作者の創作に基づく

フィクション
ですので、その点をお含みおきの事を
ってコトだw
12月8日
日本人が戦わねばならないと決意した日に




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2008-02-24

謝罪文!?

 遍路(「歩き遍路」の場合)というのは、一日に8時間以上歩いたりするものなのです。
 そのため、体力を回復させるためにも

1時間に一度、必ず休憩する

なんて不文律があったりするのですが、このブログでも、その「休憩」を導入しようかと・・・・・・。


 この、カテゴリ「休憩」(当ブログ『Blogger』では「ラベル」と呼称)では、多少、「遍路と離れたこと」などについて記していきたいと考えている。

 実際の遍路でも「休養日」などを設けて、その日を「観光」に費やしたり、「温泉」に入ったりすることもあるのです。事実、愛媛県松山市にある「道後温泉」(画像)は遍路の間でも人気があり、その周辺に2~3泊して“骨休め”をする遍路が如何に多いことか。
 ただし、観光地としても全国に名を轟かせる「道後温泉」。他地域と比べて「宿泊料金」が高めに設定されており、それゆえに「宿探し」には苦労させられるという問題があるのですが・・・・・・。


 今回は、このブログの「旅行記」的な部分を無視し、私個人がチョッと、「謝罪」しなければならないことを・・・・・・。


 余程「サイト運営」や「アフィリエイト」に興味のおありの方でなければ分からないことで申し訳ないが、このブログには『Google AdSense』様から広告をいただいており、それにも関わらず、私のミスで「アマゾンの広告」を入れてしまうというミスを犯してしまったワケだ。
 今さら「どの記事」であるという指摘は控えるが(苦笑)、これは「規約違反」に抵触する恐れがあり、今後、このブログを更新していく上での“障害”ともなりかねない。

 この「ミス」に気づいたのは、実は「つい先程」のハナシでありw 他のレンタルブログのアフィリエイト基準を調べている内に、自分の犯した重大なミスに気づいた次第で・・・・・・。


 まあ、こんなことを書いたとしても、「読者」の方からすれば

そんなの関係ねー☆

というコトなのでしょうが、「私個人」からすれば、ブログ運営をしていく上で「テメーで“地雷”踏んじまったヨ・・・・・・」と、泣くに泣けない気持ちでイッパイでございますよw



 えー、御迷惑をおかけいたしました、各方面の皆様。
 浅尾美和の競技用衣装の“クイコミ”よりも深く反省いたします。
 今後の再発防止に全力を尽くしますゆえ、何卒、「お目こぼし」の程を・・・・・・。



・・・・・・と、誰に謝罪をしているのかは謎であるがw 本当は該当する記事を「自分で修正」したいのだが、それができなくなっている故、こうして「謝罪文」(!?)を記した次第。



 
 ハイ、今日は「観光地での宿探しの難しさ」についてお送りいたしましたw
(それにしても、「こういった記事」をエントリするようになると、“私の性格” からして「ブログの“本分”から外れていく」可能性が高いんだよな・・・・・・。)



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2008-02-19

「番外・別格巡り」とは

 前回は「遍路とは何か」ということについて説明し、その意味を「空海の修行地である八十八の寺を参拝すること」と、定義した。

 ただ、私が『海の遍路日記』と『四国・小辺路・奥駆道、踏破記』で行ったのは「八十八ヵ所巡り」に留まらず、それに

「番外・別格巡り」
というものを付加した。

 では、その番外・別格巡りとは何か──。

 そのことを、以下に記しておきたいと思う。



別格霊場へのいざない
近年混沌としたこの時代に、癒しを求めさまざまな人々が四国を巡られておられます。
四国は弘法大師の御生誕の地でもあり又御修行の地でもあります。御大師さまにまつわる信仰や伝説にもとづいて開かれた寺々は、八十八カ所霊場以外にもたくさんあります。
 別格霊場はその中でも御大師さまとご縁の深い寺院二十ヶ寺が結集した霊場です。この霊場の中には弘法大師さまをご本尊とする寺院も多くございます。
 別格霊場はすでに八十八ヶ所の巡拝を終えた方が改めてこの二十ヶ寺を巡り、あわせて百八ヶ寺として人間の百八煩悩を滅するのもよし、四国巡拝の道中に立ち寄られてみるのもよし、衆生を救わんとされる御大師さまの御誓願が伝わる親しみのある霊場であり、何と申しましても昔ながらのお遍路さんに対するお接待の心が残されている霊場です。
(強調などは「引用者」による)



 「引用文」にあるように、四国に点在する「八十八ヵ所霊場」は、弘法大師・空海を開祖と仰ぐことが多い。しかしながら、空海(「お大師様」「御大師さま」とも呼ぶ)によって開かれた寺、もしくは本尊とする寺は「八十八ヵ所以外にもたくさんある」のであり、「別格霊場」とは、そのような寺の中でも「御大師さまとご縁の深い寺院二十ヶ寺が結集した霊場」であるとしている。
 近年、

88+20=108
といった計算式からも分るように、四国八十八ヵ所と別格二十霊場とを同時に参ることは「人間に備わる108の煩悩を滅却することである」として
「百八煩悩消滅お大師様の道」
という呼称と共に、今では“別格巡り”というものは大いに賑わってきているものだ。



 ただし・・・、“別格”という名称が付されているからと言って、その寺の“格が特別に高いわけではない”ということにも注意。

 寺同士の“格”(つまりは“序列”)はほぼ定まっており、別格霊場に加盟している寺が四国八十八ヶ所の寺よりも上位に格付けされるということはありません。



 「別格」という意味は、上記の引用と説明で理解できたであろう。
 次に「番外」であるが、これも、上記からおおよその答えは出ている。
 それを示すなら

「1~88番札所以外」
と考えればよい。

 「上記の引用」に推察できるように、「四国」というのは弘法大師・空海の生誕地であり(実際の生誕地は、現在の「香川県」)、また、修行地でもある。その空海の残した“足跡”というものは四国全土に及び、決して「八十八ヵ所のみ」ではないのだ。
 そのような、八十八ヵ所には含まれない寺で、自らの“存在”を主張するようになった例として、上述の「別格二十霊場」が挙げられるが、その他にも、数多くの寺が存在している。

 それらの“一端”を示すと、以下のようなものが挙げられよう。
・「四国三十六不動霊場」
・「四国三十三観音霊場」
・「四国曼荼羅霊場」
 このような「●●霊場」と呼ばれるものは、大小含めて、四国には数多くあり、私の「番外・別格巡り」では、それらを一つでも多く参拝できるよう試みたのである。


 他にも、直接には弘法大師・空海に関係がなくとも、数多くの「修行者」(修験者)や江戸時代以降の「遍路」が参拝した場所にも、足を運ぶように努めた。
 それらは、「奥ノ院」と呼ばれる場所であったり、「神社」であったり、地元の有志の方々が管理されているだけの「お堂」であったりと、形態は様々だ。

 そのような「1~88番札所に以外」の場所を参拝することを、私は「番外巡り」と呼んでいるのである。



 以上述べた、「番外・別格巡り」という巡拝方法は、何も私の“専売特許”というのではなく、1990年に初版が発行された『四国遍路ひとり歩き同行二人』(へんろみち保存協力会)によって“発案”されたものなのだ。
 ただ、この本を待つまでもなく、弘法大師・空海を始めとする修行者や江戸時代以降の遍路は、四国において「四国八十八ヵ所」だけを参拝するだけではなく、その他の、数多くの場所にも足を運んでいたのだ。

 それを考えれば、私の行った「番外・別格巡り」というものは、現在のような四国八十八ヵ所巡りに“特化”した現状を鑑みれば、

昔ながらの遍路のスタイルを“踏襲”
しているという違いがあるのだ。
 このことは、私個人が「自画自賛」しているというのではなく、四国で出会った多くの方々がそのように仰ってくれているものだ。






 ここにおいて、「読者」の方々に、注意を。


 四国八十八ヶ所巡りに際し、それにプラスして“番外・別格巡り”が必要かと問われれば、
その必要はない
と答えておきます。
 四国八十八ヶ所は88の寺を参拝することで“完結”するものであり、それに加えて別格霊場や高野山まで参拝するのは、決して義務ではありません。
 

 
 ひょっとすると・・・、読者の方々の中には、このブログ内の記事を読んで「自分の『遍路行』に役立てよう」と、考えておられる方もいるかもしれない。
 当然、誰もが閲覧できる「公開ブログ」を運営している以上、私からそのことを“咎める”ことは出来ませんが、ただ、今この記事をお読みになっている方が、いまだ遍路経験がない「初心者」であるならば、このブログを読むことはオススメ出来ない。

 「四国八十八ヵ所」を参拝することは、“それ自体”で「かなり厳しい修行」になるのだ。それは、参拝“手段”の「徒歩」「車」を問わず、相当苦しいもの。多くの人は、徳島県にある「一番札所」からスタートするのだが、そのまま、遍路を続けて香川県の「八十八番札所」まで“完遂”する人は、それほど多くない。
 これは、自身のスケジュールなどの都合で「一度に全ての札所を巡ることができない」というのではなく、何らかの理由で「途中で遍路を諦める例が多い」ということだ。

 もちろん、遍路を途中で諦めるという場合、その理由は「人それぞれ」であろうが、少なくとも、「初めて遍路を志す人」であるならば、「八十八ヵ所巡拝に徹する」のが「遍路完遂への近道」であり、そのことから、さらに難易度の高まる“番外・別格巡り”などを考えるべきではないだろう。


 このブログでは自分の行ってきた遍路行を説明する都合上、番外、あるいは別格霊場の説明をしているだけなのです。



 そうなりますと、その四国八十八ヵ所以外に“主眼”が置かれた“このようなサイト”から、「情報」を仕入れることも、得策とは言えますまい。
 むしろ、現在では“初心者向け”の出版物やインターネット・サイトが数多くあるのだから、そこから「四国八十八ヵ所のみに“特化”した情報」を得るようにすることを、オススメしたいものです。


 その「例」として、以下の書籍を挙げておくことにする。

必携!四国お遍路バイブル (集英社新書)必携!四国お遍路バイブル (集英社新書)
横山 良一


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ちなみに・・・

 上記の著者である「横山氏」は、私の得た情報からすると、四国八十八ヶ所を数回歩くことに成功し、さらには、今回のエントリで述べたような番外札所の多くを、踏破しているそうだ。
 そういった経験豊富な立場から「遍路に必要な情報」(特に歩き遍路)を厳選、しかも、文章力がそれなりにあり、分かりやすく簡潔にまとめてられている。

 「遍路に関する情報を大掴みに得たい」という方などには、最適な書物であろう。


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